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山田貢の友禅 -凪-

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山田貢の友禅 -凪-

文明の崩壊した後の凪
松川八洲雄(映画監督)

 東京世田谷の大原交差点といったら、騒音と空気の汚染の一番酷い所として有名でした。多分今でもそうでしょう。その交差点に面した自動車修理工場の裏に、友禅の人間国宝である山田さんは半世紀以上住んでいる……というところからぼくらはこの記録を始めました。その、 第二次大戦の終戦後に建てられたままの家の、ベニア張りの大きな机の前が山田さんの座るところで、ですから照明はそこを照らすだけで良く、カメラもまたその指先のサインペンや青花の汁の筆先を撮るしかなかったのです。
 そうして息詰まる撮影の最後に、交差点の脇のビルの屋上に上がりました。排気ガスの海から首を出すと、西に富士山が見え(る筈でした)、東に新宿の副都心の超高層ビル群が聳えて望めます。そして1909年に「走る自動車は(ルーブルにある有名な)ギリシャのニケの彫像より美しい……」と”騒音とスピードを愛する”未来派の詩人マリネッテイの宣言したように、下からは騒音と、スピードが出せないためにイライラした警笛が湧き上がっていました。 突然、 僕もまた一面家々のひしめく中に聳える副都心の超高層ビル群が「ニケの彫像より美しく」思えたのです。
 そこでハッと気付きました。その光景は山田さんが、つい今しがた水洗いしたばかりの網干し風景、名付けて『凪』と何と似ていたことでしょう。それはまた否応なく、崩壊したヨーロッパを描いたシュールレアリスト、マックス・エルンストの絵を思いださせたのです。こうして意識しようとしまいと、山田さんは正しく現代の作家に他なりません。
 この映画はその山田さんへのオマージュでもあります。

文部省選定
文化庁優秀映画作品賞
芸術祭優秀賞

シリーズ <伝統工芸の名匠>
ポーラ伝統文化振興財団
英映画社
カラー34分

監修 北村哲郎
協力 岐阜市
名和昆虫博物館
松坂屋
三越資料館
製作 宮下英一
脚本演出 松川八洲雄
撮影 小林治
照明 前田基男
音響録音 加藤一郎
ナレーター 寺尾聰
演出助手 日向寺太郎、嘉本哲也
撮影助手 多田勉、百瀬修司
ネガ整理 福井千賀子
現像 IMAGICA
タイトル 菁映社

ラヴェル「ダフニスとクロエ」より
指揮/エルネスト・アンセルメ 演奏/スイス・ロマンド管弦楽団

飛騨古川祭 -起し太鼓が響く夜-

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飛騨古川祭 -起し太鼓が響く夜-

古川やんちゃの誇り
曽田 信(映画監督)

 飛驊の古川町で、冬、しぼりたての生酒を酌み交わしながら祭りの話を聞いた。その中で、“古川やんちゃ”という言葉が盛んにでる。
 さて、古川やんちゃとはなんだろうか――?
 飛驊古川の歴史は、あまり知られていないが飛驊高山よりも古い。それが古川人の自慢でもある。
 古川に先ず、室町の姉小路文化が伝えられ、飛驊大名の金森氏が高山よりも早く古川に城を築き、京都に想いを馳せて町づくりをした。そして、江戸時代、幕府の天領になると江戸文化が入る。古川では、京都と江戸、ふたつの文化が見事に融合している。
 その代表的なものが飛驊古川祭である。
 豪華な屋台に華麗な京の文化を、豪快な起し太鼓に勇壮な江戸の文化を見ることができる。
 飛驊古川祭は、4月19日の試楽祭、起し太鼓。20日の本楽祭。21日の還御祭と続く。  深夜の起し太鼓の“動”と本楽祭の屋台の“静”は劇的な空間をつくりだす。
 この動と静が相和して、はじめて古川祭は成立する。このとき忘れてならないのが古川やんちゃである。
 冬から春の古川祭へ古川の男衆と出会い語り合ううちに、祭りを担っているのは、まさに古川の男たちの心意気、つまり古川やんちゃであることがわかった。
 気性が激しく、頑固だが、なかなかウイットに富んだ心のやさしい男たち。
 祭り話になるともう止まることをしらない。付け太鼓の激しさ、喧嘩騒ぎ、反骨精神あふれるエピソードがいつまでもつづく。
 「決して簡略化せず、古いしきたりを守る、それが古川祭だ!」 と語るその顔にやんちゃの誇りを見た。
 私たちは、この古川やんちゃに惚れたのです。 古川祭を記録することは古川やんちゃを記録することでした。
 古川の男衆が祭りに向けて、こころを昂らせるように、私たちもボルテージを上げていきました。そして、その爆発が―起し太鼓が響く夜―だったのです。

文部省選定
優秀映画鑑賞会推薦

シリーズ <民俗芸能の心>
ポーラ伝統文化振興財団
英映画社
カラー35分

監修 高橋秀雄
協力 古川町
気多若宮神社
古川祭保存会
古川屋台保存会
青龍台組 麒麟台組
龍笛台組 神楽台組
三番叟組 三光台組
清曜台組 闘鶏楽組
鳳凰台組 金亀台組
白虎台組 宮本組
製作 宮下英一
プロデューサー 長井貢
演出 曽田信
撮影 小林治、三角善四郎、相馬一成
撮影助手 長井和久、彦坂宣明、中山憲一、嘉本哲也、有賀久雄
解説 久米明
照明 前田基男、北沢保夫、鎌田勉
音楽 原正美
効果 小森護雄
タイミング 三橋雅之
ネガ整理 川岸喜美枝
録音 読売スタジオ
現像 IMAGICA
製作進行 内海穂高

にんぎょう

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にんぎょう

<解説>
 土で焼いた器を発明した時代から人間の暮らしは一変します。そして、土器と一緒に何気なく作った土のひとがたを火にくべました。モノを入れる入れ物と、身体やこころにまつわるもろもろの不安や災いを移すことのできるこころの入れ物。そのこころの入れ物のさまざまをこれから見てみましよう。
 寝ている間に子供のたましいが飛び去らないようにと、親たちが作った天児 (あまがつ)や這子(ほうこ)と呼ばれる人形、女の子の成長を祝う雛祭り、京の都で生まれた御所人形。これら人形を生み出す職人は正にたましいを扱っていたのです。人形の産地、岩槻市に住む石川潤平さんもその一人です。その職人芸が花開く江戸時代。
 人形を動かしたいという欲求も生まれます。首を振る童子や文楽人形。動かすだけでなく、命を、たましいを…………。
 京都で育まれた文明とともに、人形も日本全国に行き渡ります。人形は遠い都の情報でもあったのです。一方、700年ほど前から皇族の姫君が代々出家入山されている尼寺、京都の宝鏡寺には、幼い姫君が肌身離さなかった人形が今も残っています。人形の住む人形寺。
 市橋とし子さん(1907年〜)は古い因習の中で苦労されながら、新しい女性像を人形に託します。素足の、しっかりと前を見る女性たち。「知秋」「草の上」 「風薰る」「無想」そして「愛」。
 野ロ園生さん(1907年〜)は江戸時代の香りをいまもなお見続けています。「はつなり」「雨月」「師走」そして「日々安穏」とその世界にするりと滑り込んでしまいます。
 小椋久太郎さんは、もう80年近くこけしを作り続けています。お椀や木の鉢を作っていた木地職人が明治に入ってから作り出した新しい郷土人形、木そのもののこけし。
 こうした人形は人のひながたの形した神、たましいの入れ物、人間の素晴らしい発明品なのです。

映画の空間と時間
映画監督 松川八洲雄

動かない人形が、はたしてムービー(動くイメージ=映画)になるものでしょうか。 人形は、少なくとも3つの空間と時間を持っています。そのことに気が付いたときこの難問は解けたのです。すなわち、
①展覧会、もしくは応接間の空間と時間。②アトリエ、もしくは仕事場の空間と時間。③その人形のイメージする空間と時間、の3つです。野ロ園生さんの人形『雨月』、市橋とし子さんの『草の上』を例にとりましょうか。
それぞれが展覧会場におかれているときは、その空間の人々のいる等身大の日常の空間と時間にほかなりません。つまりあたりまえの空間と時間、①の空間と時間です。
さてその中で近寄ってシゲシゲと眺めます。一体作者はなにをどう思って作ったのかしら......。

文部省選定
優秀映画鑑賞会推薦

シリーズ <伝統工芸の名匠>
ポーラ伝統文化振興財団
英映画社
カラー34分

監修 北村哲郎
協力 野ロ園生[衣裳人形](重要無形文化財保持者)
市橋とし子[桐塑人形](重要無形文化財保持者)
文化庁
東京国立博物館
国立文楽劇場
東京都 埋蔵文化財センター
山梨 釈迦堂遺跡博物館
和歌山 淡島神社
青森 恐山
弘前 久渡寺
埼玉 笛畝人形記念美術館
岩槻 人形歴史館
京都 宝鏡寺
石川潤平
小椋久太郎
桐竹一暢
大藤晶子
大森邦
音羽菊七
神成澪
上林アイ子
後藤静夫
田中秀代
宮本又左衛門
渡部直哉
製作 宮下英一
脚本演出 松川八洲雄
撮影 小林治
照明 前田基男
音楽 間宮芳生
ナレーター 花形恵子
演出助手 長井和久、彦坂宣明、中村元
ネガ整理 川岸喜美枝
録音 東京テレビセンター
現像 IMAGICA

ふるさとからくり風土記-八女福島の燈籠人形-

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ふるさとからくり風土記-八女福島の燈籠人形-

<解説>
 八幡宮には、大きな大きな楠が天をおおって、中秋の名月が出ていても、境内はまっくらです。だから、境内に組まれた三層の人形屋台の各階の軒に、吊るせるだけの提灯をともすと、屋台はひときわ明かるく輝き、屋台そのものが鱗光を発しているのではないか、と思われるのです。その屋台の中から、タッポポタポポと陽気なお囃子が聞こえてきます。お囃子にあわせて、明かるく照らしだされた舞台の、 咲き乱れる花園にかかる橋の上で、背丈二尺たらずのお姫様が、絢爛たる衣をひるがえして舞うのです。 この人形からくり「国指定重要無形民俗文化財 八女福島の燈籠人形」が伝え残されている北九州、八女――三方をゆるやかな山脈で囲まれ、一方を有明湾に開いている理想的な地形の平野で、大陸から渡来した稲作文化が最初に定着した一帯です。古代人の古墳や遺跡も数多くみられます。この平野は稲作 生産力を背景に、さまざまなモノを自給自足し、やがて、有用の美を求める職人の町が育っていきます。 江戸期になり、製紙、製蠟が盛んになると、八幡様の氏子たちはお祭りのとき、人形燈籠を奉納する嗜好を思いつきます。やがて、大阪に人形浄瑠璃が生まれ、竹田からくりに人気が集まっているのを知り、 職人たちはたちまちからくり仕掛けを考案して、人 形を作り、不夜城の如く提灯をともして八幡様にご覧にいれようと思いたったのです。18世紀の半ばのことでした。たった一夜の、神にささげる宴のために、大工棟梁たちは工夫をこらした継手、仕口で、釘1本使わずに三層の木造屋台を組みあげ、日頃遊芸にいれあげた職人さんは、その音曲を披露し、 その囃子にのせて若い衆たちは工夫をこらしたからくり人形を操るのです。舞台の袖には、人形の後見人の名目で威儀をただした男の子が座ります。 毎年毎年、くり返される人形たちの舞いと、人々のにぎわいを、境内の大楠は静かに見続けてきたのです。そして、来年もまた……これは日本の、日本人の心のふるさとでもあるのです。


芸術作品賞
文部省選定
優秀映画鑑賞会推薦
日本映画ペンクラブ推薦

シリーズ ―民俗芸能の心―
ポーラ伝統文化振興財団
英映画社
カラー31分

監修 高橋秀雄
協力 文化庁文化保護部
八女市教育委員会
八女福島の燈籠人形保存会
製作 宮下英一
プロデューサー 長井貢
演出 松川八洲雄
撮影 清水良雄
照明 前田基男
録音 加藤一郎
効果 井橋正美
解説 来宮良子
撮影助手 小林治、北条豊
現像 IMAGICA
録音所 読売スタジオ

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