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カテゴリ:1962年

弾丸鉄道 新丹那トンネル 第1部/第2部

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弾丸鉄道 新丹那トンネル 第1部/第2部

間組
英映画社
第1部 カラー35分
第2部 カラー23分

<第1部>
 東海道新幹線の建設工事は、昭和34年9月着工以来、数々の話題を生みながら全国民は勿論、世界の鉄道界の注目のうちに着々と進められております。
 この建設計画には、途中幾多の大架橋工事、あるいは交差点の全面的立体化、数十ケ所に及ぶトンネル掘削と高度の技術を要する大工事が、全長約600粁に且つて行われますが、このうち最も大きを難関とされているのが、熱海函南間の山塊を貫く新丹那トンネルの建設であります。
 もとの丹那トンネル建設当時は、牛や馬にトロッコを引かせて残士を搬出したといゝ、如何に難工事であったかが偲ばれます。
 新丹那トンネルもまた、火山脈に囲まれた複雑な地層に挑んで、新しい土木機械と進歩した技術を注き、人智の限りを傾むけて、大断層、湧水温泉余土などの障害と斗いながら工事が続けられています。
 映画は働く人々の努力を描きながらトンネル掘削工法のアウトラインを伝えようとするものです。

製作 高橋銀三郎
脚本・演出 千石秀夫
撮影 宮下英一
音楽 御法川精一
解説 和田多吉
録音 阿部定雄

<第2部>
 前作第一部に続く建設記録。
 ここでは、最後の悪地質.温泉余土地帯にさしかかり、半断面掘削といった能率的な工法が採用出来ないため、中央の底設導抗のほかに、山側・海側にも各々側壁導抗を掘り、トンネル下半分を固めてから上部半断面にとりかかるといった工法がとられ、九十糎毎に約二〇萬円もする巨大な鉄の支保工(トンネル壁面を強化する枠材)を建て込みつつ前進して行きます。
 そして、昭和37年9月20日、遂に全長7,905米のほゞ中心部に於いて東西の先進導抗が貫通し感激の時を迎える人々を記録して、この鉄道建設史上不朽の働きを成し遂げた人々への讃辞としています。

製作 高橋銀三郎
脚本・演出 千石秀夫
撮影 宮下英一
音楽 金子昭
解説 棟方宏一
録音 田中義造

太陽と緑の町

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太陽と緑の町

岡山県
英映画社
カラー35分

製作 高橋銀三郎
脚本 赤佐政治
演出 赤佐政治
撮影 千石秀夫、宮下英一
録音 田中義造
音楽 武田俊一
解説 和田多吉

石ころの歌

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石ころの歌

<ものがたり>
 勇三はある山村の二男坊に生れた。家は専業農家で、なんとかやっていけるギリギリの所だったが、長男の栄一をのぞいては、勇三も司郎も、当然、家を出て行かなければならない宿命にあった。
 都会に出た勇三は、トラックの運送会社に職を得た。然し、彼の素晴らしい希望も、融通のきかない勇三にはかなえられなかった。都会の非情な人間関係にはみ出され、再び就職の希望もむなしく、失意を抱いて田舎に帰る。彼の憩う所は父母のいる故郷しかなかったのだ。
 この映画の物語はここから始まる。
 久しぶりに帰る故郷の山や川は、なつかしい思い出に満ち溢れていたが、今の勇三には砂を噛むような思い出ばかりだった。家に帰ってはみたものの、それは一時の安息所にしかならなかった。長兄の嫁もやっとの事で決まって、家の中はなんとなくはなやいでいたが、弟の司郎の高校入学の事は、なやみの種だった。
 そこへ勇三の突然の帰郷は、がんこな父、気弱な母、誠実な兄の心に少なからぬ波紋を投げかけた。厄介者のような存在になってしまった勇三の気持は、父の持って来た婿養子の話で、いっそういらだってしまう。
 勇三とて、いつまで我が家にいるつもりはない。自分の道は自分で切り開いてみると再び家を出るのだった。
 山奥の森林伐採場で、勇三はきびしい労働に立ち向った。高い賃金を貰えるという事で、無我夢中で飛び込んで来たのだ。金を貯めて自動車学校に入ることが、彼の労働に拍車をかけた。そして、山林労務者の命がけの仕事を通して自然と対決する人間の素朴で強靱な姿にうたれる。
 勇三が労働の意義を自分の体で知り始めた頃のある日、山育ちの青年茂の怪我を救うために、勇三は山を越えてダムエ事現場の診療所へ急報する。茂の怪我は事なきを得て、勇三がその看病をつとめるのだが、このダムエ事現場の数日間は、勇三にとって、大きな世界への導入であった。人間の生んだ科学の力が大自然に挑戦する素晴らしい集団を見たのだ。
 そして、それは小さな人間がもつ偉大な力への開眼であった。
 山の青年の看病のかたわら、勇三は土工仕事に自分の体をぶつける。石ころみたいな自分でも生きているんだ。石ころをつみあげて行く事、それが人間なのだ。勇三は生きる汗の尊さをしみじみと味わうのだった。茂の怪我も癒って、再び山へ茂の帰る日が近づいた頃、勇三にも希望の訪れる日が近づいていた。それは夢にも見たブルドーザーの運転手に採用される事であった。
 めまぐるしいこの社会で、自分を失った過去にピリオドをうち、今、勇三は大地にしっかり根をおろした自分を知った。その自信は、貯金した五千円を弟の高校入学のために送る事の余裕にもあらわれていた。
 希望に燃えて働く勇三の行く手に、たとえ大きな障害があっても、勇三はおそらくそれを乗り越えて、すばらしい成長をとげる事であろう。 


文部省特選

貯蓄増強中央委員会
英映画社
白黒62分

企画 高橋銀三郎
原作 鈴木政男
脚本監督 堀内甲
撮影 黒田清巳
照明 沖茂
音楽 間宮芳生
編集 河野秋和
録音 田中義造
効果 エフェクトマングループ
記録 城田孝子
撮影助手 宮下英一
助監督 長井貢
製作主任 桑原一雄
製作補佐 滝川正年
キャスト 堀勝之祐、清水一郎、本間文子、西島悌四郎、渡辺文雄金井大

日本の民家

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日本の民家

<映画『日本の民家』のあらまし>
自然のいろいろなわざわいから、自分や家族を護り、安心して働ける場所を求めて、私たちの祖先は昔からさまざまな工夫をこらしてきました。
そして、一時的に休める場所から、四季を通じて暮らせる住居へ、さらに代々にわたって住みとおせる家へと、日本の民家は北緯30度から、45度におよぶ、それぞれ異なる気候風土とくらしの仕組みに合わせてつくられてゆきました。そしてこれらの民家は、いまなお日本の各地に残され、生活に対する深いちえをしのばせると共に、偽りのない素朴な民族文化を伝えております。
この映画は南から北へ、土と密着した民家を、そしてそこにすむ人々のくらしを、美しい自然の風光と共にカメラを通して展開してゆきます。
まず、カメラは日本の南端鹿児島へ飛び、「二棟造り」の農家と土に生きる人々、北九州米作地帯の「くど造り」(扇谷造り)、そして田の字型の部屋、山陰地方では日本建築の原型と言われる「大社造り」丹波地方の「入母屋造り」また、奈良地方の「切妻造り」そして大和棟、四国地方は山深い祖谷谷の「いや型」と呼ばれる寄棟造りの集落。日本の屋根と呼ばれる中部山岳地帯白川郷の「切妻合掌造り」とそこで生活する人々をさぐってみました。
さらに山梨県甲府盆地では「切妻破風造り」を、関束北部では自然の美しさで名高い尾瀬ヶ原から赤城山麓へ、そこで特徴ある「切屋根造り」(赤城型)の民家を写し、さらに北へ進み岩手県南部地方の「曲り屋」の構造から秋田、山形の雪国独特の「中門造り」など厳しい自然に融けこみ、それに適合したくらしを求める農民の真摯な生活をカラーワイドのフィルムの中に再現してみました。


文部省特選
芸術祭奨励賞
教育映画祭特別企画賞

日本損害保険協会
英映画社
カラー36分

製作 高橋銀三郎
監督 赤佐政治
撮影 千石秀夫、相良国康、宮下英一、伊藤三千男
音楽 清水脩
録音 田中義造
照明 阿部定雄
現像 東洋現像所

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